STORY

4月25日―
豊かな自然に恵まれた街―プリピャチ。 春の息吹を浴びた緑は生い茂り、川は山陽を煌びやかに反射しながら、大地を横切る。住人たちは、川で魚を釣り、ある父と息子はリンゴの幼木を植え、恋人たちはたゆたう木船で愛を語り合っていた。街は1週間後の5月1日の労働祭にオープンする大きな観覧車を備えた遊園地のオープンを前に活気だっていた。澄み切った空へとまっすぐ屹立した数本の煙突から吐き出される灰色の煙だけが、異質な存在感を放っていたが、それがプリピャチの日常だった。それはいつもと変わらない穏やかな日だった。その日の夜までは。

4月26日―
朝、街は大粒の雨に見舞われた。 最初に異変に気付いたのは、森林警備隊隊員のニコライだった。出勤するために、トラクターをいつもと同じように林道を走らせていると、軍の検閲にあった。戦車が通りを行き来し、軍人たちは殺気立っている。書類検査を受けるため車外に出たニコライは、雨でけぶる中、毒々しい赤に変色した葉を視界に捉える。訝しく思い、そのブナの木の枝に触れると軽々しく折れてしまった。

雨が止み、遊園地ではアーニャとピョートルの結婚式が行われていた。誇らしげに立つレーニン像で記念写真を撮影していると、再び豪雨に見舞われるも、結婚式場に移動する頃には、雨はすっかり止んでいた。降ったり止んだりを繰り返す雨。 式は、親族や友人が多く集まり、盛大に行われた。しかし、アーニャが「百万本のバラ」を歌い出したころ、事態は一変する。森林火災があったとの報を受け、消防士のピョートルが現場に急行しなくてはならなくなった。落ち込むアーニャが、母に元気づけられていた最中、雷鳴が轟き、空は墨汁のような漆黒の雲で覆い尽くされた。そして、純白に彩られた結婚式を、降り出した雨が真っ黒に染め上げていった。

その頃、少年ヴァレリーも、父アレクセイと一緒に植えたばかりのリンゴの木が一晩にして枯れてしまった異常な事態に子供ながらに気づいた。ヴァレリーは父にそのことを報告するが、アレクセイはとりなさない。夕刻、アレクセイの元に1本の電話が入る。それは、原子力発電所技師であるアレクセイに原発で事故があったことを伝える電話だった。電話を切ると、アレクセイはすぐさま窓を閉め、ヴァレリーのヨウ素剤を与えた。放射線量測定器で部屋を調べると、高い線量が測定される。アレクセイは家族を街から避難させ、自分は事故収束のため、一人街に残った。事故は電気供給を増やそうとした従業員によるもので、アレクセイは守秘義務という制約から家族以外、誰にもそのことを伝えられない。激しく降りしきる雨の中、妻とヴァレリーを避難させた後、家に戻ったアレクセイは、劇物を飼い猫の口に無理やり詰め込んだ。

夜、発電所から立ち上る白煙…。 結婚式で酔いがまわったアーニャとその仲間たちは、丘の上からその光景を眺めていた。新郎ピョートルは二度と帰ってくることは無かった。

4月27日―
翌朝は快晴だった。 酪農を営む森林警備隊隊員のニコライの養蜂は、巣箱の中で全て息絶えていた。 そんな中、白い防護服で身を覆った乗組員を乗せた一台のヘリが着陸する。乗組員は何の説明もないまま、ニコライや、農家で暮す住人たちに向かって一方的に退去命令を指示し、丸太小屋を除染し、家畜舎に火を放った。住人は唖然とその状況を見ているしかなかった。 その頃、アレクセイは街の市場に計測器を携えて出向いていた。試しに肉屋の肉を測定すると、音が鳴り響く。「これは悪い肉だ。捨てた方がいい」と小声で忠告するが、事情を知らない買物客は当然聞く耳を持たない。店を出ると、雨が降り出していた。アレクセイは売っていた傘を全て買い込んで、雨に打たれる何も知らない街の人々に配ることしかできなかった。

一方、アーニャの家では飼っていたペットの鳥が死んでいた。夫の姿は無い。心配になったアーニャは、夫が搬送されたとされる病院に行く。居合わせた看護婦に問い合わせるが、面会できないことをにべもなく告げられる。「旦那さんは大量の放射線を浴び、モスクワに搬送されました。彼に会えば、あなたも死にます。」 山火事の消化活動に行ったとばかり思っていたアーニャは、そこで初めて真相を知る。病院を出たアーニャは、その足でモスクワ行きのバス停に行くが、事故によって運行は中止となっていた。どこにも行けず、何もできないアーニャは、雨に打たれながらバス停のベンチでうなだれるしかなかった。偶然通りかかったアレクセイは、声をかけることなく、彼女が雨に濡れぬよう傘を差しかけるのであった。

4月28日―
「住民は全員、家を出てください。私物の持ち出しは禁止です」 朝からラジオで原子力発電所で事故があったことが告げられていた。軍が街に大挙し、住人たちは強制退去を強いられた。ニコライの家にも軍人が訪れ、前夜のうちに家畜やペットが次々と殺され、アーニャも母と共に街を離れることになった。アレクセイは昨晩、発電所付近で姿を消した。

10年後 ―
建物は瓦解し、農地は荒れ果て、賑々しかった街の装いは一変した。事故が起きた発電所4号炉は、〝石棺″と呼ばれるコンクリートの建造物に覆われた。しかし、放射線拡散を防ぐ応急処置にすぎない〝石棺″も老朽化が著しく、多くの作業員が修繕にあたっていた。 事故後、30キロ圏内は立入制限区域となり、政府によって街に足を踏みいれることが禁止されたが、実際は、作業員を始め、軍関係者、発電所の近くに設けられた食堂で働く従業員など、発電所周辺で働く人の姿があった。ニコライを始め、生まれた地を離れるのを望まなかった一部の住民たちも、移住せずに変わらず生活を続けていた。 その一人だったアーニャが、母と一緒に暮す住まいは、スラブティチにあったものの、ひと月の半分は観光ガイドの仕事をしながらプリピャチで暮らす。街では、観光ツアーが組まれており、アーニャが働く「チェルノブイリ・ツアーズ」のツアー代金は、昼食込で一人300ドル。客層は老若男女、研究者から一般人までがこのツアーに参加している。

「5万人もの住民が避難しました。私物の持ち出しは禁止でした…」 「事故直後、気象が不安定となり、雨により放射線が固着しました…」 アーニャは毎日バスに揺られながら同じ説明を淡々と繰り返す。観光客から投げかけられる質問はいつも同じだった。「危険を冒してまで、何故この地に留まるのか」と。アーニャはその度に、同じ返答をした。「我が家だからよ」と。

しかし、長年放射能で汚染されたアーニャの体は変調をきたしていた。肌に艶が無くなり、髪の毛が抜け落ちるようになっていた。事故で夫を亡くした彼女には、現在パトリックという婚約者がおり、フランスで一緒に暮そうと誘われていた。そんなアーニャをピョートルの友人であり、今では〝石棺″で働くディミトリが引き止める。アーニャの心は、故郷に留まるように迫るディミトリと、故郷を離れることを勧めるパトリックの間で揺れ動いていた…。

ヴァレリーは、〝亡き父″アレクセイの弔いのため10年ぶりに母親とともにプリピャチに戻っていた。事故以来、初めての帰郷。「チェルノブイリの英雄たち」と刻まれた記念碑を前に、物故者を弔う多くの人々が神妙な面持ちで参列していた。しかしヴァレリーは、あの日以来消息を絶ち、行方不明となった父が死んだとは思っていなかった。何とか父が生きている痕跡を探すため、ヴァレリーは母の眼を盗み、一人街の中へと消えていく。しかし、ゴーストタウンとなった街には一切の手がかりはない。なす術もないヴァレリーは、もはや見る影もない生家の壁に父へのメッセージをした。その後、街をあてどなく彷徨っていると、一人防護服もつけずに歩いている少女を見かける。発電所の食堂で働く女性従業員の娘だ。ヴァレリーは吸い寄せられるように彼女の後を追いかけるが、途中、警備隊に捕まってしまう。ヴァレリーは少女が落とした人形を握りしめ、強制的に街から退去させられるのだった。

その頃、父アレクセイは列車に揺られながらプリピャチ駅に向かっていた。あの日以降、駅は封鎖され、今や存在しない。それでも、アレクセイは列車を乗り継ぎ、決して停まることのない駅を目指す。自分の故郷の地を再び踏みしめるために…。