INTRODUCTION


1986年4月26日。チェルノブイリから、わずか3キロの隣町プリピャチ。 この春の美しい日に、アーニャは結婚式を挙げた。 幸せを噛み締めながら、『百万本のバラ』を歌う美しい花嫁…。 しかし事故は起こった。新郎は式の途中"山火事の消火活動"に駆り出され、二度と戻っては来なかった。 原子力発電所の技師アレクセイは、いち早くことの重大さを悟るが、真相を告げることも出来ず、降り出した雨に濡れないよう道行く人に傘を配るぐらいしか出来ない。 そんな中、強制退去命令が下り、街の人々は何も教えられないまま散り散りになり、 アレクセイは、妻と幼い息子のヴァレリーを避難させた後、消息を絶った…。


2011年秋、ヴェネチア、トロント、そして東京(映画祭上映題「失われた大地」)…、 各国の映画祭に出品され、話題を呼んだ本作は、チェルノブイリ近郊の立入制限区域内で撮影された初のドラマ。 原発事故に関するドキュメンタリーは数多く制作されてきましたが、 これが長編劇映画デビューの新鋭女性監督ミハル・ボガニムは、 当事者への入念なリサーチを基に脚本も執筆、 再現された事故当時の様子は、ドラマだからこその圧倒的なリアリティを放ちます。 主演は、『007 慰めの報酬』で一躍注目され、テレンス・マリック監督最新作に 主演しているオルガ・キュリレンコ。 役と同じウクライナ出身で、出演を切望した彼女は、 「美し過ぎる」という理由で起用を躊躇する監督を自ら説得、 体当たりの演技を見せています。


10年後…。あの日の花嫁アーニャは、ツアーガイドとして故郷に留まり、 技師アレクセイは、故郷を見失って終わりのない放浪の旅を続け、 母親に「父さんは死んだ」と教えられ、別の土地で育った息子ヴァレリーは、 今も生きていると信じる父を探しに、プリピャチに戻ってきた…。
事故そのものではなく、一瞬にして幸せを奪われた人々の、 魂の軌跡を丹念に描き切った本作を、観る者は祈りにも似た気持ちで、 登場人物たちの心に寄り添うことになるでしょう。 故郷に留まる者、戻ってくる者、戻りたくても戻れない者…。 それぞれの、故郷に対する想いは、深く、静かに、そして熱く…。